悦入り語りに気をつけろ / CTO’s Office vol.23

 
 

みなさんご無沙汰しております。前回からもう1年半くらい経ってしまい、その間に30歳になってしまいました。ひさしぶりにここに書いてみたくなるようなネタを仕入れたのでちょっと書いてみましょう。

昨日、社内で弊社インターンの川元の卒論のテーマの話になりました。彼はアメリカ留学時代にセクシャルマイノリティについて関心を抱き、卒論テーマとしてもセクシャルマイノリティを取り上げるようにしたとのこと。それで、しばらく彼がセクシャルマイノリティについて語りはじめたわけです。

聞いている私も最初は「なるほど、なるほど」という感じだったのですが、どうも次第に違和感を覚えてきたのです。「彼はずいぶんと熱く語る=一見とても強い関心があるように見えるが、何かアクションを起こしてきたのか?」と。親しき仲には遠慮しない私。ここは聞くしかない。

私「ずいぶん語るけどさー、なんかやってるの?」
インターン「いえ。」
私「じゃあ、卒論のネタとしてこねくり回しているだけじゃん。」
インターン「。。。」

若干気まずい空気になり、ちょっと言い過ぎたかなと反省しつつの帰路でよくよく考えました。癇に障った本質は何なのだろうと。

上記の経緯からして彼のセクシャルマイノリティについての興味はさして強いものでなく、「アクションを起こすほどの興味はないが卒論が目の前にあるからその問題を利用することにした」程度のものであることはわかります。別にそのことに文句を言うつもりはありません。興味が無いことでも卒論、卒業のために利用するのは良しでしょう。評論家という仕事もあるくらいですし。

さて、問題なのは彼自身が「その程度の関心であることを自覚せずに悦に入って語ってしまった」ことです。自分の卒業のためのネタとして活用している程度のくせに「こんなこと語っているオレ、カッコイイ!」みたいな感じが見え隠れした。だから違和感を覚えたのです。

行動を起こすほどすごく関心の高い人が悦に入って語っていてもまぁそう違和感は無いでしょう。一方、卒論としての活用程度であってもそのことをきちんと認識し謙虚な姿勢で話していれば違和感は無かったでしょう。

つまり、「何かについて語るときには自分のポジションをしっかり認識し、勘違いな語りをするのは危険」ということですね。

世の中の人達は賢いので、その人が「本当に情熱があって語っている」のか「自己満足で語っているのか」はまぁちょっと聞けばわかるもんです。「オレ、かっこいいぜ〜」なんていう自分でも気が付かない奥底の部分がバレた時にはなんとも恥ずかしいですね。

私も語り好きなのでそうならないように気をつけなきゃならんと思わされた事件でした。

さて、その川元。ずいぶんな書き方をしてしまいましたが、根はいいがつい調子に乗ってしまうただのお調子者キャラです。今日会ってこのことを話したら「いやー恥ずかしいっす」となんとも素直。その素直さをいかして成長して欲しいと、近くも遠くもないところから見つめたのでした。昔のドラマ、HOTELの藤堂マネージャーのように。(古くてすいません)

 

グローバルアストロラインズ株式会社

松村 有祐

 
 
 
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